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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)246号 判決

東京都千代田区丸の内二丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

播博

後藤正彦

幸長保次郎

関口博

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第21576号事件について、平成6年8月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年7月10日、名称を「放電加工制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭59-141378号)をしたが、平成5年9月16日に拒絶査定を受けたので、同年11月19日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第21576号事件として審理したうえ、平成6年8月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月5日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

加工用電極と被加工物との間に形成される加工間隙に、重み付けされた電流を供給する互いに並列接続された複数のスイッチング回路と、これら複数のスイッチング回路を制御して前記加工間隙に供給される放電電流パルスの持続 期間中に導通するスイッチング回路の組み合せを変化させ、前記放電電流パルス形状を所定形状にする制御回路とを備えたことを特徴とする放電加工制御装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前日本国内において頒布されたことが明らかな特公昭56-41367号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)及び昭和55年11月30日CQ出版株式会社発行トランジスタ技術編集部編「実用電子回路ハンドブック(1)」第19版・356~358頁(以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1及び2の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定は認めるが、相違点の判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点である「複数のスイッチング回路の個々のスイッチング回路が供給する電流は、本願発明においては、重み付けされた電流であるのに対して、引用例1に記載のものにおいては、特に重み付けされた電流でない点」(審決書4頁末行~5頁4行)の判断において、本願発明と技術分野が全く異なる引用例発明2を引用し、本願発明と引用例発明2の構成の相違に基づく作用効果上の差異を誤認した結果、本願発明が引用例発明1及び2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願発明の特徴と引用例発明2の内容

(1)  本願発明は、放電電流パルスの立ち上がりスロープを制御するスロープコントロールをきめ細かく行って、そのパルス波を三角形状等の所定形状とし、電流密度を正確に制御することによって、電極の消耗量を的確に抑制しようとするものであり、また、放電電流パルスのピーク値を加工条件に適切な値として、荒加工から仕上げ加工までの各種放電加工を的確に行うための電流波形の生成を行うものである。

本願発明において、電圧波形は、単に火花放電を引き 起こすために印加されるものであり、入力電圧が変化しても、いったん火花放電が開始されれば放電電圧は一定に維持され、入力電圧を変えても放電加工の状況は変わらないから、特に電圧の波形制御を行うものではない。

(2)  これに対し、引用例発明2は、デジタル量をアナログ量に変換するためのデジタル/アナログ変換器(以下「DA変換器」という。)に関するものであって、本願発明のように電極の消耗量の抑制や各種加工の遂行のために出力波形の制御を行うものではない。

また、引用例発明2の変換器において、出力量の相違は電圧値によって表されるのであり、本願発明のように電流値によって表されるのではないから、極めて高い値の抵抗(100kΩ等)を接続することによって、電流値を極めて小さく、数mA程度としている。したがって、引用例発明2では、電流値が小さいことから、本願発明のように被加工物の浸食作用を引き起こすことは不可能であり、仮に、大きな出力電流を得ようとすれば、電圧波形は崩れてしまい、所定の波形は到底得られず、放電加工用電源としては全く使用できないものである。

このように、引用例発明2は、抵抗値の重み付けをした複数のスイッチング回路が示されてはいるが、放電加工のための電流波形の生成を行うものではなく、このことは全く考慮されていない。

2  引用例発明2の適用の不当性

審決のように、引用例発明1に引用例発明2を組み合わせて、これから本願発明が容易に発明できるとする場合には、引用例発明1はもちろん、引用例発明2もまた本願発明の技術分野に関連する必要があることは当然である。

しかしながら、引用例発明2は、上記に述べたように、本願発明の放電加工制御装置とは技術分野において何ら関連性を持たないものであり、放電加工を適切に行うための電流波形の生成を行うという本願発明の技術課題とも、何ら関連がないのである。

被告は、本願発明と引用例発明2とは、トランジスタ制御回路という技術分野の観点からすれば特に異なるものではないと主張するが、本願発明は放電加工制御装置に係る発明であって、いわゆる進歩性の観点から特許を受けることができるか否かは、放電加工の技術分野において判断されるべきものであり、トランジスタ制御回路という抽象的な技術概念が共通しているからといって、そのような引用例をもって拒絶されるべきいわれはない。

被告の提示する公報類(乙第1~第3号証)には、スイッチング回路の出力を電流あるいは電圧として取り出すことが開示されているのみであって、放電加工を適切に行うための電流波形の生成を行う点については開示がなく、本願発明とはその技術分野及び技術課題が相違するものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  原告の主張1について

(1)  本願明細書(甲第4~第7号証)によれば、本願発明の直接の課題は、ステップ電流値の制御を加工電流の最大値近くまで、かつきめ細かく行う場合においても、スイッチング回路の並列接続数を多くする必要のない放電加工制御装置を提供することであり、そのため、重み付けされた電流を供給する互いに並列接続された複数のトランジスタスイッチング回路を有し、当該スイッチング素子を制御して加工間隙に印加すべき放電電流パルスの出力波形を所定形状にするものである。

したがって、本願発明の技術分野は、「放電加工制御装置」であるとともに、一般の「トランジスタ制御回路」の双方を含むものであるといえる。

(2)  引用例発明1は、放電加工制御装置であり、放電加工のために加工間隙に印加すべき放電電流パルスの出力波形を所定形状にするにあたり、トランジスタスイッチング素子によりステップ状に制御するトランジスタ制御回路を有するものである。

引用例発明2は、DA変換器に関するものであり、出力電圧の波形を所定形状にするにあたり、重み付けされた電圧を供給する互いに並列接続された複数のスイッチング回路の組み合わせを変化させて、当該電圧をステップ状に制御するトランジスタ制御回路を有するものであり、電圧値の制御をきめ細かく行う場合においても、スイッチング回路の並列接続数を多くしないという技術課題を解決したものである。

2  原告の主張2について

本願発明と引用例発明1とを対比した場合、その相違点として摘記された本願発明の構成が、引用例2に記載されているときに、この引用例2に記載のものを引用例発明1に適用することが容易か否かの判断は、引用例発明2の技術が、摘記された本願発明の構成と、技術分野、課題、機能等において共通するものであるか否か、それらの共通性が起因ないし契機となって、本願発明と対比された引用例発明1のものに引用例発明2のものを適用することが容易に想到し得るものであるか否かなどをも考慮して判断すべきである。

そして、前記のとおり、本願発明と引用例発明1及び2のものは、共にトランジスタ制御回路という共通の技術分野に属するものであり、しかも、本願発明と引用例発明2とは、電流又は電圧値の制御をきめ細かく行う場合において、スイッチング回路の並列接続数を多くしないという同一の技術課題を解決したものであって、その構成も共通するものである。したがって、引用例発明1と引用例発明2とを組み合わせて本願発明のようにすることに、何ら困難性はないというべきである。

なお、引用例発明1の放電電流の出力波形を所定形状にするためのスイッチング回路も、引用例発明2の抵抗値の重み付けをしたスイッチング回路の組み合わせを変化させて電圧波形を所定形状にするスイッチング回路も、スイッチング回路という点では共通しており、スイッチング回路の出力を電流とするか、あるいは電圧とするかは、設計条件に応じて適宜選択し得る設計変更的事項にすぎない。例えば、実願昭54-58444号のマイクロフィルム(乙第1号証)には、スイッチング回路の出力を電流又は電圧として利用することが、特開昭56-68029号公報(乙第2号証)及び特開昭57-203324号公報(乙第3号証)には、スイッチング回路の出力を電流値としたものが、それぞれ記載されており、本願出願前においてこれらのことは周知の技術であったといえるから、このことからも、スイッチング回路の出力を電流とするか電圧とするかが適宜選択し得る設計変更的事項にすぎないことは明らかである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明と引用例発明1とが、審決認定のとおり、「複数のスイッチング回路の個々のスイッチング回路が供給する電流は、本願発明においては、重み付けされた電流であるのに対して、引用例1に記載のものにおいては、特に重み付けされた電流でない点」(審決書4頁20行~5頁4行)で相違するが、その余の構成において一致することは、当事者間に争いがない。

本願明細書(甲第4~第7号証)には、本願発明の概要として、「加工用電極と被加工物との間に形成される加工間隙に、重み付けされた電流を供給する互いに並列接続された複数のスイッチング回路と、これら複数のスイッチング回路を制御して加工間隙に供給される加工電流パルスの持続期間中に導通するスイッチング回路の組み合せを変化させ、加工電流パルス形状を所定形状にする制御回路とを設けることにより、被加工物を放電加工する場合の加工電流パルスの持続期間中において、そのステップ電流値の制御を加工電流の最大値近くまで、かつ木目細かく行う場合においてもスイッチング回路の並列接続数を多くする必要のない放電加工制御装置を提供するものである。」(甲第6号証3頁3~15行)と記載され、本願発明の効果としても同様の記載(同4頁6~19行)があり、その実施の動作として、「前記スイッチ素子(S0~S6)の通電ピーク電流は、抵抗器(R0)~(R6)と、直流電圧源(1)の電圧Vから放電電極間電圧を差引いた加工電圧Eとの比で決定される。これ等の通電ピーク電流は、スイッチ素子(S0)がONすると1A、スイッチ素子(S1)が同時にONすると1.5A、そしてスイッチ素子(S0)~(S6)のONまたはOFFの組合せにより加算されて増加する。」(甲第4号証明細書5頁12~19行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、本願発明は、放電加工装置において電流パルス形状の制御をきめ細かく行う場合に、スイッチング回路の並列接続数を多くしないという技術課題を解決するため、複数のスイッチング回路の個々のスイッチング回路を異なる抵抗器により重み付けしてこれらを組み合わせるという構成を採用したものであり、このことにより所定形状の電流を供給するものと認められる。

一方、引用例発明2が、DA変換器に関するものであって、抵抗値の重み付けをした複数のスイッチング回路を用いて、デジタル量をアナログ量に変換して電圧を出力するものであることは、当事者間に争いがなく、同発明は、引用例2(甲第3号証)によれば、並列接続されたQ1~Q4の4組のトランジスタスイッチング回路について、それぞれ抵抗R4~R7を用いて異なる抵抗値を重み付けし、これらのトランジスタスイッチング回路を組み合わせることにより、16通りの異なる出力電圧を得ていることが認められる(同号証357頁図5-96、表5-9)。

そうすると、引用例発明2においても、スイッチング回路の並列接続数を多くしないという本願発明と同一の技術課題を解決するため、複数のトランジスタスイッチング回路の個々のスイッチング回路を異なる抵抗器により重み付けしてこれらを組み合わせるという、本願発明と共通の構成を採用したものと認められる。

2  ところで、本願発明においては、複数のスイッチング回路が供給するのが電流であるのに対し、引用例発明2においては、当該回路が供給するのが電圧であり、この点で技術的に相違するので、以下検討する。

実願昭54-58444号のマイクロフィルム(乙第1号証)には、「デジタル入力によつて複数ビツトのそれぞれの重みづけに応じた電流あるいは電圧値が加算されたアナログ出力を得るようにしたDA変換器において、各ビツトに共通の電流あるいは電圧源に対する可変手段を設け、・・・上記可変手段によつてこの特定ビツトより下位ビツトのそれぞれの電流または電圧値に対して2進法による重みづけに比例した補正値を与え・・・上記複数ビツトの電流あるいは電圧値を加算して得られるアナログ出力がデジタル入力に対して非線形特性を呈するように構成したことを特徴とするDA変換回路」(同号証明細書1頁5~19行)、「デジタル信号をアナログ信号に変換するDA変換器によつて、デジタル信号を電流あるいは電圧値に変換する場合には、2進法による重みづけ、つまり、1、2、4、8...のような値の電流あるいは電圧値を加算することによつてアナログ化された出力を得ている。」(同2頁7~12行)、「以上の説明ではアナログ出力としての電流値を得る場合について説明したが、電圧値を得る場合には、例えば負荷抵抗RLの端子電圧を取り出せばよく、基本的な補正手段に関しては上記実施例の場合と変りはない。」(同7頁1~5行)と記載されており、これらの記載によれば、DA変換器は、重み付けされた電流あるいは電圧値を加算することにより、デジタル信号をアナログ化して出力を得ているものであり、出力として電流値に代えて電圧値を得ようとする場合には、スイッチング回路の出力側に負荷抵抗を設けて端子電圧を取り出せばよいものと認められる。

また、特開昭56-68029号公報(乙第2号証)には、「本発明はディジタル-アナログコンバータ・・・に関し、特に2進重みづけパターンのような所定の重みづけパターンに従って、種々のレベルの電流を発生するように構成された複数の電流源トランジスタで構成されるD-Aコンバータに関する。D-Aコンバータは、重みづけパターン(高精度抵抗網)とそれに従って2進化重み電流を発生する定電流トランジスタ及びディジタル信号に相当するアナログ電流を選択するスイッチより構成されている。従来の2進化重み電流発生回路は・・・定電流トランジスタと、Rを基準抵抗値とすれば、20、21、22……2n-1の重みを有した抵抗の組合わせによって2進化重み電流を発生させる。」(同号証1頁2欄2~16行)と記載され、また、特開昭57-203324号公報(乙第3号証)には、「D/Aコンバータは、通常、複数個の定電流発生用トランジスタと高精度抵抗網によって、2進化重み電流を発生させる回路と、これらの電流をディジタル信号に応じて選択的に出力線またはグランド線に流すスイッチング回路とによって構成されている。これらの電流値は正確な2進化重み付けがなされていることは当然であると共に、温度変化、電圧変動に対して安定であることが要求される。次に電流加算形D/Aコンバータの従来例について説明する。第1図は8ビツト形の例で、定電流トランジスタ1とR/2Rラダー抵抗網による電流値設定用抵抗回路2によって2進化重み電流を発生させ、それをディジタル信号に応じて電流スイッチング回路3で選択する構成である。」(同号証1頁2欄10行~2頁3欄4行)と記載されていることが認められる。これらの記載によれば、DA変換器においては、従来から、定電流トランジスタと抵抗網によって2進化重み電流を発生させ、それを電流スイッチング回路で選択して出力するという構成が知られていたものと認められる。

以上の事実からすると、DA変換器において、スイッチング回路の出力を重み付けされた電流値とすること又は電圧値とすることは、いずれも本願出願前において周知の技術であったものと認められ、このことからすると、スイッチング回路の出力を電流とするか電圧とするかは、当業者が適宜選択し得る設計的事項にすぎないことが明らかである。

3  原告は、引用例発明2は、デジタル量をアナログ量に変換するためのDA変換器に関するものであって、本願発明の放電加工制御装置とは技術分野において何ら関連性を持たない旨主張する。

この点につき検討すると、放電加工制御装置に関する技術文献である昭和54年10月20日発行「放電加工のしくみと100%活用法」(乙第4号証)には、「加工電源の回路方式を分類すると、従属式と独立式パルス電源に分かれます.従属式は精密仕上加工用として、コンデンサ回路が一部使用されていますが、現在では、波形制御の容易さからトランジスタのスイッチング特性を利用した独立式パルス電源が主流となっています.また放電加工の用途が拡大され、今日に至っているのも、トランジスタパルス回路の進歩によるところが大きく、それは放電加工の基礎的解析に役立ちました.」(同号証85頁本文5~11行)との記載があり、トランジスタによりスイッチングを行うトランジスタパルス回路の基本構成(同号証86頁上段図)が開示されていると認められる。

この記載によれば、本願発明の出願当時、放電加工制御装置の加工電源の回路は、波形制御が容易であることから、トランジスタのスイッチング特性を利用したトランジスタ制御回路方式が一般的であったと認められ、本願発明も、この一般的なトランジスタ制御回路という技術を採用して所定の電流波形を得ているものと認められる。他方、引用例発明2も、前記認定のとおり、デジタル量をアナログ量に変換して異なる電圧を出力するため、トランジスタによる複数のスイッチング回路を有する構成を採用したものであるから、トランジスタ制御回路という技術分野における発明であることは明らかである。したがって、本願発明も引用例発明2も、トランジスタ制御回路という共通する技術分野に属するものであり、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、引用例発明2において、抵抗値の重み付けをした複数のスイッチング回路が示されてはいるが、放電加工のための適切な電流波形の生成を行うものではなく、電流値も極あて小さいから、放電加工用電源としては全く使用できない旨主張する。

ところで、引用例1(甲第2号証)には「本発明は、トランジスタ等、スイッチング素子を用いて放電加工を行なう装置において、方形波電流波形パルス以外の特殊波形電流パルス、例えば三角波電流波形パルス等を発生させることができる装置に関するものである。」(同号証1頁2欄12~16行)、「このパルス巾τ1や放電電流ピーク値IPは加工特性と密接な関係があり、とくに仕上げ面あらさと電極消耗に著しい影響を及ぼすのは周知の事実である。一方最近では、この方形波電流パルスでなく、特殊な波形・・・三角波や台形波を用いて、加工特性を改善する方法が提案されている。・・・方形波の立上りを変えて三角波のような波形で加工を行なうと、電極消耗に著しい影響があることが明らかになつている。」(同2頁4欄15~26行)、「特殊波形を作る場合において方形波はもちろん、三角波、台形波ばかりでなく、ステツプ状の近似でではあるが・・・多種にわたり特殊波形が得られる。また三角波、台形波においても、立上り、立下り等広範囲に変えることができる。その上波形を変える場合の操作においても極めて簡便であり、放電加工中においても容易に波形を変えることができる。」(同5頁9欄3~11行)との記載が、それぞれ認められる。

これらの記載によれば、放電加工において、電極消耗を回避し仕上げ等の適切な加工のために所定の電流波形の生成を行うということは、本願出願前に原告により出願された引用例発明1において、既に達成された課題であると認められる。審決は、本願発明が引用例発明1と相違して、スイッチング回路の並列接続数を多くしないという技術課題を解決するために、重み付けされた電流を供給する複数のスイッチング回路という構成を採用したことに関して、引用例発明2における実質的に同様な構成を採用し得るとしたものであって、引用例発明2自体が、直接、放電加工に使用し得ることを示したものではないから、原告の上記主張は失当である。

そうすると、本願発明と引用例発明2は、前示のとおり、共通する技術分野に属するものであり、技術課題及びその解決のための制御回路の構成等も共通しており、当該回路の出力が電流か電圧かは設計的事項であって実質的な差異はないから、引用例発明1に引用例発明2の構成を適用することは、当業者にとって容易に想到できることであると認められる。

したがって、本願発明と引用例発明1との相違点に関して、審決が、「引用例2に記載された抵抗値の重み付けをした複数のスイッチング回路の組み合わせを変化させ電圧波形を所定形状にする技術を、電流値に適用し、複数のスイッチング回路の個々のスイッチング回路が供給する電流が重み付けきれた電流であるようにして、本願発明のようにすることは、当業者にとっては、容易に推察し得ることであるから、その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない。」(審決書5頁7~15行)と判断したことに、誤りはない。

4  以上のとおり、原告の取消事由の主張は理由がなく、審決の認定判断は正当であって、他に審決を取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成5年審判第21576号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

請求人 三菱電機株式会社

東京都港区虎ノ門一丁目19番10号 第6セントラルビル 木村・佐々木国際特許事務所

代理人弁理士 佐々木宗治

東京都港区虎ノ門一丁目19番10号 第6セントラルビル 木村・佐々木国際特許事務所

代理人弁理士 木村三朗

昭和59年特許願第141378号「放電加工制御装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年2月4日出願公開、特開昭61-25722)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ 手続の経緯、本願発明の要旨

本願は昭和59年7月10日の出願であって、その発明の要旨は、平成3年7月9日付け、および平成5年3月22日付け並びに、平成5年12月20日付けの手続補正書により補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの「加工用電極と被加工物との間に形成される加工間隙に、重み付けされた電流を供給する互いに並列接続された複数のスイッチング回路と、これら複数のスイッチング回路を制御して前記加工間隙に供給される放電電流パルスの持続期間中に導通するスイッチング回路の組み合わせを変化させ、前記放電電流パルス形状を所定形状にする制御回路とを備えたことを特徴とする放電加工制御装置。」にあるものと認める。

Ⅱ 引用例

これに対し、原査定の拒絶理由に引用した特公昭56-41367号公報(昭和56年9月28日出願公告、以下、引用例1という)には、放電加工を行う装置において、電極の間に形成される加工間隙に電流を供給する、互いに並列接続された複数のスイッチング回路と、これら複数のスイッチング回路を制御して前記加工間隙に供給される放電電流波形パルスの立ち上がり期間から立ち下がり期間中に、導通するスイッチング回路の組み合わせを変化させ、前記放電電流波形パルス形状を所定形状にする制御回路とを備えたことを特徴とする放電加工制御装置が記載されている。

また、同トランジスタ技術編集部編「実用電子回路ハンドブック(1)」第19版、昭和55年11月30日、CQ出版株式会社発行、第356~358ページ(以下、引用例2という)、特に、その「2進4桁D/A変換回路」の項には、R、すなわち抵抗値の重みつきコードによるスイッチングで、出力電圧値をD/A変換をすることが記載されている。すなわち、抵抗値の重み付けをした複数のスイッチング回路の組み合わせを変化させ電圧波形を所定形状にする制御回路が記載されている。

Ⅲ 対比

本願発明と引用例1に記載のものと対比すると、引用例1に記載されたものにおける、電極の間、および、放電電流波形パルスの立ち上がり期間から立ち下がり期間中は、それぞれ、本願発明にかかる制御装置における加工用電極と被加工物の間および、放電電流パルスの持続期間中に相当するから、両者は加工用電極と被加工物との間に形成される加工間隙に、電流を供給する互いに並列接続された複数のスイッチング回路と、これら複数のスイッチング回路を制御して前記加工間隙に供給される放電電流パルスの持続期間中に導通するスイッチング回路の組み合わせを変化させ、前記放電電流パルス形状を所定形状にする制御回路とを備えたことを特徴とする放電加工制御装置である点で一致し、次の点で相違する。

相違点

複数のスイッチング回路の個々のスイッチング回路が供給する電流は、本願発明においては、重み付けされた電流であるのに対して、引用例1に記載のものにおいては、特に重み付けされた電流でない点。

Ⅳ 当審の判断

そこで、この相違点について検討する。

引用例2に記載された抵抗値の重み付けをした複数のスイッチング回路の組み合わせを変化させ電圧波形を所定形状にする技術を、電流値に適用し、複数のスイッチング回路の個々のスイッチング回路が供給する電流が重み付けされた電流であるようにして、本願発明のようにすることは、当業者にとっては、容易に推察し得ることであるから、その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない。

Ⅴ むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前日本国内において頒布されたことが明かな引用例1および2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年8月30日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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